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東京地方裁判所 昭和33年(わ)4563号 判決 1959年3月24日

被告人 斎藤源治

昭八・九・一〇生 会社事務員

主文

被告人を禁錮十月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、法令に定められた運転の資格を持たないで昭和三十三年十月十一日午前一時頃、東京都板橋区長後町一丁目四番地先道路上において小型乗用自動車を運転して無謀な操縦をし、

第二、運転経験に乏しく運転技術未熟である上、当時酒気を帯びてその酔も加わり、道路上における自動車の運転は厳にこれを避けるべきであるにも拘らずこれを怠り、前記日時、場所において、右自動車を運転して制限時速四十粁を遥かに越えた時速六十粁で埼玉県方面に向け進行中、脇見して進路前方注視を怠つた重大な過失により、前方緩行車線内を同一方向に進行中の斉藤信続(当五十三年)が運転していた足踏自転車に気付かず、直前五米位の距離に接近してはじめてこれに気付き、急制動をかけたが及ばず車体左前部でこれに追突して、同人を路上にはね落し、因つて同人をして、頭腔内損傷及び頭腔内出血により同日午前四時八分同区志村町三丁目十一番地竹川病院において死に至らしめ

第三、前記第一に掲げる日時、場所において、右自動車を運転進行中前記第二に掲げる事故を起したのに被害者を救護し、所轄警察職員に届け出てその指示を受ける等法令に定められた必要な措置を講じなかつ

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は道路交通取締法第七条第一項、第二項第二号、第二十八条第一号に、同第二の所為は刑法第二百十一条後段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、同第三の所為は、道路交通取締法第二十四条第一項、第二十八条第一号、同法施行令第六十七条、罰金等臨時措置法第二条に各該当するので所定刑中判示第一の罪については懲役刑を、判示第二の罪については禁錮刑を、判示第三の罪については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文但書第十条により重い重過失致死罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を禁錮十月に処することとする。

(訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により、全部被告人に負担させない)

(量刑の理由)

本件の情状につき考察するに、

被告人には前科がなく、又本件犯行後被告人はいたく前非を悔い、いち早く被害者の遺族に対し金五万円の見舞金を贈り、その後被害者の遺族に金三十万円を提供し(但し自動車損害賠償責任の保険金は被告人側で取得)て両者間に示談が成立し、なお最近に至り東京交通安全協会に金十万円、社会福祉法人堀川愛生園に金五万円をそれぞれ寄附して贖罪の実を示し、改悛の情極めて顕著なるものがある等被告人に有利な諸事情が見受けられる。

しかしながら他方、自動車による高速度交通の高度に発達した今日の社会生活において、交通事故の発生の絶滅を期するためには、高度の技術を習得した資格のある者のみが、交通法規を厳格に遵守して運転に従事すべきことは、切実な社会的要請である。しかるに被告人は全くこれに反し、免許証を持たぬ運転未熟者であるのに拘わらず、雇主に無断で自動車を持ち出し、飲酒酩酊の上、女給等を同乗せしめ、制限速度を遥かに突破した速度で進行した上、前方注視義務を怠り、その結果被害者を数時間後に死に至らしめるという重大な事故をひき起したのみか、事故発生を知るや、自己の責任をのがれるため、被害者の生命を経視して何等救護の処置をとることなく、いち早く現場を逃走しているのである。その法を無視した行動、利己本位の態度は、健全な社会人たるの資格を欠くものというべく、その犯情は誠に重いものがあるといわなければならない。

従つて前記の如き被告人に有利な諸事情を勘案するも、被告人に対しては所謂「一罰百戒」の趣旨を汲み、実刑を科してその刑事責任を果さしめるの外なきものと考える。そこで右の如く被告人に対し、禁錮十月を以て量刑処断した次第である。

(裁判官 東徹)

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